(社)温故学会の歴史

本会は、塙保己一の偉業顕彰の目的から、明治42年に子爵渋沢栄一、宮中顧問官井上通泰、文学博士芳賀矢一、保己一曾孫塙忠雄の四氏により設立され、以来百年の歴史を刻んでいる。
 保己一の精神である温故知新(論語・ふるきをたずねてあたらしきをしる)の趣旨に基づき活動するとともに、重要文化財指定の『群書類従』版木の保管、盲人福祉事業、各種啓発事業に努力している。

温故学会100年略年譜

年次 事項
明治42年
(1909)

井上通泰が文部省構内の倉庫に『群書類従』版木が収蔵塙忠雄されていることを発見。塙忠雄(保己一曾孫)が温故会を四谷愛染院内におく

44年
(1911)
9月、温故会を温故学会と改称
45年
(1912)
『群書類従』の摺りたてを再開する
大正2年
(1913)
東京帝国大学に『群書類従』版木を温故学会に下付して欲しいとの申し出を行う
3年
(1914)
版木保管の倉庫建設を条件に許可される
4年
(1915)
東宮職より『群書類従』全巻(666冊)摺りたて下命
10年
(1921)
塙保己一生誕100年祭を愛染院にて開催
11年
(1922)
10月20日
文部省より社団法人温故学会設立認可
11年
(1922)
皇室より『群書類従』ケンブリッジ大学に寄贈
12年
(1923)
塙忠雄死去により、斎藤茂三郎第二代理事長に就任斎藤茂三郎
13年
(1924)
温故学会会館の建設会議を開催
14年
(1925)
会館建設資金募集開始(予定額10万円)
場所を東京府豊多摩郡渋谷町大字下渋谷氷川裏に決定
15年
(1926)
8月、会館建設に着工
昭和2年
(1927)
3月、会館竣工。7月、開館式を挙行温故学会会館開館式
5年
(1930)
温故女学院を開校
7年
(1932)
「温故叢誌」創刊(現在、継続刊行中)
12年
(1937)
4月、ヘレン・ケラー温故学会を訪問
13年
(1938)
塙保己一銅像除幕式(東京美術学校教授・水谷鉄也氏)
16年
(1941)
塙保己一生誕120年大会を九段会館にて開催
19年
(1944)
塙保己一銅像供出について理事長が東京都民生局に出頭
20年
(1945)
5月、東京大空襲を受け、会館内に飛び込んだ焼夷弾を投げ出し、版木は消失から免れた。温故女学院校舎は全焼。戦後、本会は無収入となり、経営が悪化
29年
(1954)
『群書類従』版木が東京都より「都重宝」の指定を受ける
30年
(1955)
斎藤茂三郎理事長が社会教育功労者表彰を受ける
31年
(1956)
『徒然草』、『万葉集』版木が「都重宝」(現、都指定有形文化財)に指定される
32年
(1957)
『群書類従』版木、国の重要文化財に指定される
38年
(1963)
斎藤政雄が第三代理事長に就任第3代理事長斎藤政雄
40年
(1965)
『群書類従」等の摺りたてを本格的に再開
46年
(1971)
「塙保己一論文集」発行
56年
(1981)
「塙保己一研究」発行
61年
(1986)
「塙保己一論纂上・下」発行
平成元年
(1989)
「塙保己一の理念と軌跡」テレビ放映
平成4年
(1992)
『御江戸図説集覧』他、「区重宝」(現、区指定有形文化財)に指定される。
平成5年
(1993)
塙保己一検校顕彰基金設立
8年
(1996)
塙保己一生誕250年記念大会(大宮ソニックシティ)ビデオ「彫ラレタ記憶」、「塙保己一の生涯」(紀伊国屋書店発行)、塙保己一文化人切手(郵政省)発行
10年
(1998)
会館の改修工事を施工(文化庁・東京都・渋谷区)
12年
(2000)
会館、文化庁文化財審議会より「登録有形文化財」に登録される
13年
(2001)
埼玉県下にて塙保己一顕彰事業記念行事開催
14年
(2002)
渋谷区制70周年記念式典にて温故学会が渋谷区功労者表彰を受ける
18年
(2006)
塙保己一生誕260年記念大会開催
21年
(2009)
温故学会創立100年
22年
(2010)
齊藤幸一が第4代理事長に就任第4代理事長斎藤幸一