塙保己一エピソード その8.保己一の蔵書
保己一と同時代の国学者・足代弘訓は、江戸の蔵書化について次のように述べている。
「書物の多きは聖堂なり、次は浅草守村次郎兵衛の10万巻、次は阿波の国・蜂須賀治昭の6万巻、次は塙氏6万巻ばかりあり・・・」
和学講談所の蔵書は厳しく管理され、貸し出しは禁止されていたが保己一は誰でも入門を許し、講義の聴講や史料の閲覧にも快く応じた。
保己一と同時代の国学者・足代弘訓は、江戸の蔵書化について次のように述べている。
「書物の多きは聖堂なり、次は浅草守村次郎兵衛の10万巻、次は阿波の国・蜂須賀治昭の6万巻、次は塙氏6万巻ばかりあり・・・」
和学講談所の蔵書は厳しく管理され、貸し出しは禁止されていたが保己一は誰でも入門を許し、講義の聴講や史料の閲覧にも快く応じた。